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「アニー・スプリンクル」
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■パフォーマンスアート

スプリンクルは元々ジプシー・ローズ・リー (''Gypsy Rose Lee'') への憧れから、バーレスクに興味を持っていたが、踊りが下手だという自覚があり、二の足を踏んでいた。しかし1980年代中頃、複数のストリップクラブからオファーがあり、前述のスクール・オブ・ビジュアル・アートの学費を稼ぐ必要もあって、出演する決意をする。その際スプリンクルは踊りの代わりに、巧みな話術で観衆を挑発するという「ストリップ・スピーク」のスタイルを考案した。これは好評であったが、劇場のマネージャーやオーナーとそりが合わず、短期間で終わっている。しかし、この経験はパフォーマンスアーティストとしての技術的、精神的な支えとなった。

スプリンクルは自分がアーティストであるという確固たる自信を持てずにいたが、尊敬するパフォーマンスアーティスト、リンダ・モンタノ (''Linda Montano'') から「6時間目隠しをして過ごす」という、正式にアーティストとなるための洗礼を施され、以来、自信をもってアーティストを自認できるようになった。

スプリンクルの最も有名なパフォーマンスアートは「大衆向け子宮頸部発表」で、彼女は自身の子宮頸部を鏡と懐中電灯で見せ、「女体への賛美」を観衆に求める。彼女はまた「''The Legend of the Ancient Sacred Prostitute''(古代の神聖な娼婦の伝説)」を演じ、ステージ上で「性の魔術」マスターベーションの儀式を行なった。彼女は17年の間、ワンウーマンショー(ワンマンショー)のツアーで世界中を巡った。これらは「ポストポルノモダニスト、アニー・スプリンクルのポルノの歴史、心を込めたハードコア」、「露出;愛、セックス、死と芸術の実験」などと命名されたBond, Lawrence & Ellen Evert Hopman(1996年)''People of the Earth: The New Pagans Speak Out''(''Being a Pagan: Druids, Wiccans, and Witches Today'' として2002年再発行、Destiny Books ISBN 978-0892819041) インタビュー。

スプリンクルの仕事は常に性的なもので、これに政治的、精神的、芸術的な傾向が加わる。2005年12月、彼女は“妻”で芸術的協力者ベス・スティーブンスと愛について7年間の芸術プロジェクトを行なう事を自らに課した。彼女達は、これをラブ・アート・ラボラトリーと呼ぶ。彼女達のプロジェクトの全てはウェブサイト(www.loveartlab.org)上で文書化される。プロジェクトの一環として毎年実験的な芸術的結婚式をすることになっていて、毎年異なるテーマと色彩を持つ。7年のテーマは、プロジェクトへ招待されるリンダ・モンタノに順応する。


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◆目次

アニー・スプリンクルとは
概歴
人物
 生い立ち
 娼婦
 映画
 パフォーマンスアート
 学問的貢献
参考文献

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