エロペディア
「イスラーム世界の少年愛」
[1]目次 [2]関連ワード
[0]トップ
■中央アジア


中央アジアにおける少年愛の習俗は長く広範な歴史を持つとされる。最も模範的なあり方として語られたのがガズナ朝のスルタン・マフムードとその奴隷マリク・アーヤズとの愛である。スルタン・マフムードはまさしく愛の力のゆえに「自らの奴隷の奴隷」となった男の例とみなされる一方、アーヤズは典型的理想的な恋人、そしてスーフィズム文学での純粋性の模範と考えられるようになり、彼らはペルシア文学に登場するカップルでも最高位を得たといえよう。ハーヴァード大学のアーガー・ハーン記念イラン学講座教授のプロドゥス・オクトール・スクジェルヴは、この愛のあり方をテュルク系宮廷における少年愛習俗のあらわれと見て、「11世紀から12世紀にかけてのイランの支配者、テュルク系のガズナ朝、セルジューク朝、ホラズム・シャー朝の宮廷において少年愛はごくありふれたものであった」というwww.glbtq.com/literature/mid_e_lit_persian,2.html

千夜一夜物語の英訳者、リチャード・フランシス・バートンはその結辞において次のように言及している。
アフガーンは広い範囲を旅する商人であるが、その隊商は少年らを伴っている。少年のほとんどは女性の服装をつけて、目に眉墨を引き、頬紅、端紅をさし、髪は長く、カジャワというラクダの背籠に飾り立てて乗る。彼らは「クーチィ・サファリー」すなわち旅の妻と呼ばれる。夫にあたる者たちはその脇を根気よくてくてくと歩いてゆくのである。


少年との結婚という習俗は、もはや広く目にすることはないものの、一部に残っている。以前に比べ好意的に見られることはなく、これは一部にはイスラーム復興に起因するものである。2005年末、パキスタンの部族地域でアフガン難民のリヤークヴァート・アリー(42歳)とそのパキスタン人の恋人マルキーン・アフリーディー(16歳)が、公の結婚式をあげたあとで、部族の長老たちから死を迫られるという事件があった「シドニー・モーニング・ヘラルド」www.smh.com.au/news/world/afghan-tribesman-faces-death-for-wedding-to-teenage-boy/2005/10/06/1128562943177.html#

アメリカ合衆国のアフガニスタン侵攻以降、西洋の主要メディアは、アフガニスタンのカンダハール「ニューヨーカー」www.boston.com/news/globe/ideas/articles/2004/07/11/open_secrets/での成人男性と少年との関係などをやや嘲笑的に、また時に小児性愛と絡めて報道した。このような関係における通常13歳から17歳くらいの少年たちは、ハリーク(美少年)、アシュナー(親愛の友)として、男性はメフブーブ(恋人の意。愛を意味するアラビア語のマハッバーフに由来し、ペルシア語モハッバートがさらに転訛したもの)と呼ばれる。「バルカイ」も性交可能な髭のない少年に対し用いる言葉として報告されているIsmail," target="_blank">M., NGO Coalition on Child Rights: NWFP / UNICEF ''Community Perceptions of Male Child Sexual Abuse in North West Frontier Province, Pakistan,'' NGO Coalition on Child Rights, 1998。記事ではカンダハールなどパシュトゥーン人地域における同性愛の風潮は、その厳格な両性間の分離に起因し「ロサンジェルス・タイムス」[http://web.archive.org/web/20030212233646/http://www.latimes.com/news/printedition/front/la-040302halekon.story?coll=la-home-todays-times、「いかなるモラルも教育的価値もない」と論ぜられる。

しかしながら、これらの報告は「政治的偏見が正確性に勝り」、エスノセントリズム的影響を受けていると指摘されるStephanie Skier, in ''queer'', James Baer, writing in the ''Gay and Lesbian Review'' (March-April, 2003)。対照的に相互に愛情豊かな長期的関係を伴って少年を囲う妻帯者についての現地資料を用いて報告するメディアもある''Trikone, '' [http://www.trikone.org/store/magazine/download/2003-06-pg06.pdf

上記のような少年愛的関係の類型化のほか、少年兵のあり方の一面として、男性の少年に対する性的暴力も報告される。アフガニスタンでは、数千におよぶパキスタン少年がターリバーンでジハードを実行するためにムッラーたちによって徴集された。しかしながら、これは単に身代金の獲得を目的として秘密裏の収容所に集められ、組織的に虐待され、約1500人程度が生き残ったのみであるとされるJ. Gettlemanの報告。2001年7月。ロサンゼルス・タイムズ売春は違法であり、またバンコクに拠点を置く国際児童保護運動組織「児童買春・児童ポルノ・性的目的児童移送廃絶運動:" target="_blank">ECPAT」End Child Prostitution, Child Pornography and Trafficking of Children for Sexual Purposes [http://www.ecpat.net/eng/index.aspによると児童虐待は死刑に処されることになっているが、パキスタンにおける少年に対する性的搾取も広範にわたるものであることが報告されている。

中央アジアの北部、テュルク語を語る地域でのバッチャという芸能者は、少年愛的要素のあらわれの一つといえる。バッチャとはテュルク語/ウズベク語で若者を意味するが、語源となるペルシア語バッチェ(こちらは通常は男の子、子供の意)と同様、時に「稚児」に近い響きをもつ。バッチャは扇情的な歌ときわどい踊りを演じ、まばゆい衣装をつけて化粧を施し、時に売春を事とした。バッチャはムスリムであり、幼時から顎髭が生えそろうまで踊る。ロシア帝国による征服後はこのような伝統習俗は抑圧されたが、その初期にロシア人探検家はこれを目にして記録している。


[4]前へ [6]次へ 
◆目次

イスラーム世界の少年愛とは
文学と法学
諸地域における少年愛的要素
 中東
  イラン
  オスマン帝国
 アルバニア
 中央アジア
 ムガル朝
スーフィズムにおける少年愛の要素
近代の抑制
参考文献
脚注
関連項目

[5]▲上へ

◆関連ワード


星りょう
問答無用_強制子宮破壊
風俗店
スパ淫ダーマン
千草忠夫
デジタルアーク
ポリネシアン・セックス
ショタビデオ
城エレン
マドンナ_(アダルトビデオ)

[5]▲上へ

検索:
[5]▲上へ
[1]目次
[2]関連ワード
[0]トップへ
(C) 2017 eropedia.jp