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「少女ヌード写真集」
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■1970年代まで

1970年代の末が日本の少女ヌード写真のブームの幕開けであって、それ以前に存在したものは少なく、かつ後年のようなポルノグラフィー的な捉え方をされていない。

少女ヌード写真集は日本においては1969年の剣持加津夫撮影『ニンフェット 12歳の神話』(ノーベル書房)を嚆矢とする。写真は白黒主体で、モデルは12歳の梅原多絵、梅原龍三郎の孫娘である。その後、同書は1970年に『12歳の神話』(ノーベル書房)、1977年・1978年に新装版『エウロペ 12歳の神話』(ブロンズ社)と名前を変えて再版されている。文は高峰秀子。自然の中のおおらかなヌードでナチュリズム的感覚が前面に出た、エロス的要素の少ないものであった。もともと剣持は妊娠中絶問題、性教育、青少年麻薬問題の専門家であり、前年の1968年にノーベル書房から『成熟への導き : スエーデンの性教育』を出版している事から分るように、この写真集は当初、性的対象としての少女というよりも、あくまで性解放というコンテクストで出版されたのである。翌1970年にはノーベル書房から『星 陽子フォト・ロマネスク 初恋十六歳』小川勝久撮影、が出ている。

1971年には、梅原多絵に続き、11歳の大上亜津佐をモデルとして『光の中の少女』が大山謙一郎撮影で壱番館書房から出版された。やはり自然主義的なヌードであるが、毎日新聞に全面広告写真(1971年10月29日)が出た事で話題に。大上は長友健二の撮影で「平凡パンチ」1971年11月1日号のグラビアにも登場。なお、毎日新聞の意見広告は大上のヌードとともに「彼女はまだ11才。どう育つでしょう、セックスセックスセックスの世の中で」のコメントをつけている。「過剰」と思われた大人社会の性の氾濫に対し、少女ヌードはそれに抵抗する非「性」の象徴であるかのように振舞われていた。大上の登場は社会的な反響を呼び、ほかの雑誌などにも取り上げられた。永井豪の漫画『ハレンチ学園』騒動と並び、「子供の性」をめぐる当時の世相的な出来事となった。

1973年、沢渡朔撮影による『少女アリス』(河出書房新社)が出版。梅原や大上のようなナチュラルな無垢さを押し出したものとは異質な、エポックメーキングな作品であった。8歳のモデル、オーディションで帰り際にキスを投げかけて合格したというブロンドの少女サマンサを使って、ロンドン郊外で撮影されたこの写真集は、ルイス・キャロル『不思議の国のアリス』をモチーフにした幻想的な雰囲気のなかで、フェティッシュな対象としての少女を耽美的に表現し、不朽の名作となる。詩を瀧口修造と谷川俊太郎が書いている。1979年に沢渡は6年後のサマンサを撮った続編、『ALICE FROM THE SEA 海からきた少女』(河出書房新社)を出版している。これらの沢渡作品は、芸術的として男性のみならず女性の購買者に高く評価された。

 この間、雑誌のグラビアとしては、1975年に「普通の女の子」のソフトエロチズムで人気になった篠山紀信撮影による雑誌GORO(1974年創刊)のグラビアに、13歳の芦田かおるのヌードと11歳の小枝草久美のセミヌードが掲載される(1975年8月14日号)。これに対して朝日新聞が女児ヌードを掲載したことを問題視して非難するという一件がおきた。翌年、未成年ヌードモデルを派遣したという理由で芸能プロが摘発されている。これをきっかけに「激写」は18歳未満のモデルを使わなくなった。

1977年には、それまでに「ビーナス'74展」(ポーランド国際芸術写真協会1974年)や「世界写真展」(ドイツ・シュテルン社主宰1972年)で写真賞を受賞して国際的に活躍していた女流写真家清岡純子が、最初の少女ヌード写真集『聖少女 Nymph in the Bloom of Life』(フジアート出版、藤本義一・文)を出版した。1979年にはそれに続き『野菊のような少女 聖少女パート2」』(池田満寿夫・文)を出版。清岡は、ここから1980年代にかけて毎年のように写真集を出してゆき、野外撮影を得意とする自然主義的な作風で最も多作な少女ヌード写真家となる。

1970年代末は日本の少女ヌードが量産を迎える出発点となり、「ロリータブーム」の開始時期。40万部を売り上げた石川洋司撮影の『プティフェ: ヨーロッパの小さな妖精たち』(1979年)から、『愛の妖精ソフィ』(1980年)、さらに森茉莉が文章を書いた『妖精ソフィ』(1981年撮影石川洋司)は、「人形のようにかわいい」シュールレアルな魅力によって一分野を開拓した。

1979年には山木隆夫撮影『LITTLE PRETENDERS 小さなおすまし屋さんたち』(ミリオン出版)が出版され、多くの一般書店に並んだことも重要な事件であった。本書は実売数万部と言われ、この種の写真集の需要が立証されることになった。これ以降1980年代のブームにかけて写真集の購入者層は男性中心に広がりを見せ、しばしば芸術的な表現よりも性器の露出など性愛的な刺激の強いものを求める傾向も生じた。1982年には山木『LITTLE PRETENDERS Forever』が出版されている。

 「少女ヌード」のカテゴリーに入らないものの中でも、1970年代には児童の可愛らしさをヌードを含め表現した作品があり、代表的なものに西川治撮影の一連の写真物語がある。1976年の『アマンダの日曜日』(サンリオ出版、西川治・写真、名木田恵子・文)など。


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◆目次

少女ヌード写真集とは
ブームの変遷
 1970年代まで
 1980年代
 1990年代
 2000年以降
写真集リスト(写真家別)
 石川洋司
 篠山紀信
 野村誠一
 大友正悦
 大渕静樹(大舞地静樹)
 神渡信平
 木津智史
 清岡純子
  写真集
  雑誌
 近藤昌良(星野正義)
 彩紋洋実
 アヤコ・パークス
 山木隆夫
 力武靖
 オムニバス・その他
  少女文庫 笠倉出版社
  ロリータ写真文庫 笠倉出版社 1982年
  オムニバスなど

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