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「山川純一」
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■本人に関する情報

1982年の掲載開始以来、1988年まで足掛け6年にわたり『薔薇族』で読み切り作品を連載しており、単行本も3冊出されていたが、それ以降は少なくとも山川純一名義でのマンガは一切描いておらず、消息は明らかではない(連載が終了した理由は後述)。また、『ヤマジュンパーフェクト』の発刊後も、特にコメントなどは発表されていない。

『薔薇族』の編集長である伊藤文學によると、山川は『薔薇族』の創刊の5年後ZAKZAK記事(外部リンク参照)より。『薔薇族』創刊が1971年であるので、山川が1976年に持ち込みを始めて6年後の1982年から連載開始したことになるが、誤りかどうかは不明。に突然原稿を持ち込みに現れたが、本名はおろか住所や連絡先等の個人情報を一切明かさなかったという。『山川純一』とは氏のペンネームで伊藤が付けたもの。「線が細く根暗な青年。ひっそりと暮らしている風」という印象で、作品の持ち込みを始めた当時は生活に貧窮していた様子が窺えたという。また、作品のアイディアやストーリーなどは、実際のハッテン場に入り浸るなどして得たものではなく、自宅で考えたものだろう(伊藤は、山川の作品は『すべて妄想』と述べている)、とも推測している。

伊藤によると、連載当時の『薔薇族』のスタッフからは、山川の作品はひどく嫌われていた(ゲイ漫画では筋肉のしっかり着いた骨太な男体、男臭い描写が好まれる風潮があり、少女漫画風で線が細く、長髪や面長な登場人物が受け入れられなかった)という。その為、度々連載を中止してほしいとスタッフから要請があり、連載を中止せざるを得なかったとしている。しかし、当時『薔薇族』からの稿料のみで生活を立てていたという山川を慮った伊藤は、作品の掲載が無い時にも稿料を支払っていたが、逆にそれを気にした為か、山川はそれ以降姿を現さなくなったというZAKZAK記事では山川が消息を絶ったのが1983年頃の事とされているが、1988年まで連載されたため疑わしい。。伊藤は現在の山川について「取材は無理。すでにこの世を去っていると思う」と死亡説に触れているが、根拠は不明。

インターネットの掲示板などで、山川と尾瀬あきらと画風が似ていることから、山川と尾瀬とは同一人物であるという説が流れていたが、尾瀬は否定している。レディコミ作家辻あさ美の画風がよく似ていることから同一人物説も流れているが、特に確証はなく、辻あさ美からも特にコメントは出ていない。

2006年11月に、『薔薇族』が使用していた事務所の引き払いの際、山川の35作品のうち、「裏切り」「美しき野獣」「快楽の罠」など13作品の原画が23年ぶりに発見された。それぞれの作品は保存状態も良好であったため、インターネットオークションに掛けられファンに売却される事となった。ただし、2009年現在も落札者は現れていない。

さらに、2007年6月には、伊藤文學の自宅から、未発表の作品4作品が発見され、電子コミックという形で発表される事となった。


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