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『レモンピープル』は、久保書店の関連会社であるあまとりあ社より、1982年1月(1982年2月号)から1998年9月(1998年11月号)まで刊行された成人向け漫画雑誌。略称は「LP」「エルピー」(Lemon Peopleから)。1980年代に創刊された『漫画ブリッコ』と並び、漫画系ロリコン雑誌の草分けとされ、両誌ともに多くの漫画家を輩出した。
創刊時は少女モデルのグラビア中心の誌面だったが、のちに漫画中心に移行した。従来の成人向け漫画はエロ劇画系の作品がほとんどだったが、本誌では吾妻ひでおら『シベール』周辺の同人作家を起用し、少女漫画風・アニメ風の可愛らしい絵柄と性的描写を組み合わせた作品を積極的に採用したことで若者を中心に好評を博して発行部数を伸ばした。
大塚英志編集の『漫画ブリッコ』(白夜書房)とともに、漫画系ロリコン雑誌・美少女コミック誌の草分けと言われ、「2大ロリコン誌」と並び称された。歴史的には本誌が先行し刊行期間も長かったため両誌が併存した期間は長くないが、『漫画ブリッコ』廃刊後は『漫画ホットミルク』に引き継がれて並び立つ時期が続いた。その時代にロリコン漫画ブームが盛り上がった。
ブームを受けて同時期に『メロンコミック』『ハーフリータ』『プチパンドラ』など類似誌が複数創刊されたが、多くは長く続かなかった。その後ライバル誌が多数生まれ競争は激化した。
また時代の流れとともに、連続幼女誘拐殺人事件によるおたくバッシング、ロリコン漫画の青少年への悪影響を懸念する層から有害コミック騒動なども起きて、当初の勢いを徐々に失っていった。
このため失地回復を図るべく、1997年6月号から判型はB5判のままで平綴じから中綴じにリニューアルし、同時に値下げを行うも効果はなかった。そして1998年11月号をもって、16年9ヶ月の歴史に終止符を打った。
実際は、本誌は成年向け雑誌ではあったが、連載作家に対して必ずしも性的描写の義務を課しておらず、少女キャラクターの軽いセミヌードシーンがたまにある程度の作品も少なくなかった。また当時はお色気漫画ブームであり、少年誌でもバストの露出程度の描写は普通だった。
また本誌の特色として創刊当初から米澤嘉博が阿島俊名義で当時の同人誌事情を積極的に紹介しており、この点は後発誌にも大きな影響を与えた(米澤の書評は休刊後の2004年9月に久保書店から『漫画同人誌エトセトラ’82~’98―状況論とレビューで読むおたく史』として単行本化されている)。
士郎正宗は画集『イントロンデポ』にて、一般漫画誌『メルティレモン』に掲載されたイラストについて「メルティレモンはやらしい本ではない」と注釈を付けている。さらに併記されていた英語解説文には事情を理解できない外国人向けに「日本ではレモンピープル誌のため、レモンの付く雑誌名に卑猥なイメージがある」と記されている。(他に1980年代の「レモン」が付く成人向け作品名として『くりいむレモン』などがある)